個々の人間にとって社会と組織はどのような意味を持つか。和田徹也のホームページです。

分割の論理と創造の論理

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分割の論理と創造の論理

和田徹也

目次

1.問題提起    2.注目される論理~矛盾の解決~   3.社会・組織での問題の解決

4.演繹推理と根本原理   5.分割の論理と創造の論理のそれぞれの性格

6.組織を維持するための分割の論理   7.組織の中での創造の論理

8.分割の論理と創造の論理の調和

 

1.問題提起

人間は主体的な存在です。誰もが他者に対し、言葉と論理を投げかけて、意味を共有しようとします。私はこの主体としての個人を拡がる自我」と表現しました。そして、拡がる自我が他者と意味を共有すること、これを「拡がりの確証」と表現しました。

他者に投げかける言葉は無限に存在します。そしてその言葉と言葉をつなぐ論理、言い換えれば、考え方の筋道である論理も言葉と同様無限にあります。

ところで、社会と組織の中で、拡がりの確証を求めようとする、その論理が表明する意味は、その中身、すなわち実質的意味において大きく二つの類型に分かれるのではないかと私は思うのです。以前純粋人間関係とは何か」でも論じましたが、「分割の論理」と「創造の論理」です。拡がりの確証の論理は他者に注目されなければなりません。この他者に注目される理由が、社会と組織の場においては大きく二つの類型に分かれると考えたのです。

「分割の論理」とは、全体から出発する論理で、全体の中のどの位置にあるかにより他者の注目を得るものです。出発点である全体それ自体に大きな価値を置き、その全体の中で自分あるいは対象がどの位置にあるか、その地位の価値の高低によって他者の注目を得る論理です。

これに対し、「創造の論理」とは、個から出発する論理で、何を行ったか、何を作り上げたかによって他者の注目を得る論理です。個々の行為に意味を認め、行為に大きな価値を置き、その行為の成果である作り上げたものを評価する立場です。行為以前の出発点の価値はゼロです。いかに努力したか、どのような成果を上げたかを他者の注目を得るための価値の評価基準とします。

この二つの論理に共通する概念である「他者の注目を得る」とは、他者への拡がりの確証の実現を意味しています。拡がる自我の他者への拡がりの確証は他者と意味や価値を共有することにより成立します。意味とは言葉に対する主体の把握の仕方であり、価値とは高低あるいは大小が生じた意味で、可測的で比較可能な意味のことです。分割の論理と創造の論理は、この価値の配分の方法に大きな違いがあるわけです。前者は全体での地位や身分というものに価値を置き、後者は個々人の行為に価値を置くわけです。

この論文は、この二つの論理が現実の社会と組織でどのような機能を果たしているのかを分析し、現実の組織運営に役立てようとするものです。そこで、まずは、社会・組織の中で、個々の人間、すなわち拡がる自我はどのような理由で他者からの言葉と論理に注目するのかを追究し、他者が拡がりの確証の論理に注目する過程を考えていきたいと思います。言い換えれば、組織における論理の形成を、その根本から考えていきたいと思うのです。その上で、上述の論理の二つの類型の、現実への適用を論じていきたいと思います。

 

2.注目される論理~矛盾の解決~

さて、人はどのような時に、どのような理由で、他者が投げかける論理に注目するのでしょうか。まずはこの根本の問題から考えていきましょう。

他者の論理に注目する理由ですが、まず最も根源的なものとして考えられるのが、矛盾の解決ではないでしょうか。ここに矛盾とは、以前「論理の本質」でも申し上げましたが、「同じものが同時にまた、同じ事情の下で、同じものに属しかつ属しないということは不可能である」という原理のことです。このような矛盾した表現は理解できる者がいないので、許されないということです。これは論理の中で、最も確かな原理でしょう。同じものがあり且つあらぬと信じることができる人間はいないのです(アリストテレス「形而上学」101頁)。

この矛盾を解決することは、個々の人間、すなわち拡がる自我にとって、魅力的であることは間違いありません。なぜなら、他者と意味を共有しようとするのが拡がる自我であり、意味の共有は意味を理解すること無しには成し遂げられないからです。矛盾は理解不能な事態であり、意味の共有を不可能にするものです。したがってその解決は、それぞれの拡がる自我にとって、必要不可欠なものだからです。他者へ向けた自分の論理に矛盾がないようにするのは当然のことながら、他者や組織の論理に矛盾を見出し、その矛盾を解消することも個々の拡がる自我にとって魅力的なものとなるのです。

このことは、拡がる自我が他者に投げかける論理に非常に大きな影響を与えることになります。矛盾の解決がどの拡がる自我にとっても魅力がある以上、矛盾を解決する論理が全ての他者に対する拡がりの確証のための極めて有効な手段になるからです。すなわち、矛盾の解決は、他者への拡がりの確証のための、最も有効な論理の設定となるわけです。そして、拡がる自我は、拡がりの確証のために、投げかけられた論理の中に矛盾を探し求めるようになるのです。

では、矛盾の解決とはどのような構造になっているのでしょうか。もう少し細かく考えてみましょう。解決するやり方として考えられるのは、“同じものがあり且つあらぬ”の“同じもの”を別のものにするか、あるいは“あり且つあらぬ”を“ある”あるいは“ない”のどちらかににすることでしょう。これは、今考えている矛盾をもたらしている結論を変えることです。今考えていることは、様々な前提の上に考えられているはずです。この様々な前提から今考えていることとは別のものを導き出すこと、言い換えれば推論することです。

推論とは、ある事柄が定立されると、これら前提となったこととは何か別のものが、これらの前提によって必然的に結果する論議の方式のことです。矛盾していると思い込んでいる事実の前提から別のものが生じれば矛盾ではなくなる、こういったものを求めていくのです。

したがって、矛盾を解決する推論は誰もが求めるものであり、ある人の正しい推論によって矛盾がなくなり、意味を共有することができれば、その人にとって拡がりの確証となること間違いないのです。

 

3.社会・組織での問題の解決

さて、矛盾の解決といっても、極めて抽象的な表現で、無限の事例が考えられるでしょう。例えば会議での議論は、互いに相手の矛盾を指摘してその解消を目指すことによって、正しい結論を導くことを目的とするものだと言えるでしょう。さらには、常日頃の日常の会話の中も多かれ少なかれ常に矛盾の解決の要素が含まれているはずです。そこで、今回は、社会と組織の中で誰もが注目する拡がりの確証の論理、典型的な矛盾の解決の論理に絞って考えていきたいと思います。

社会組織で他者の論理に注目する典型的な例は、組織に現実に存在する問題の解決です。ここでは、“問題”を目標と現状の差のことであると考えましょう。組織は目標がなければ成立しません。そして目標は段階的なもので、組織内のそれぞれの立場にはそれに応じた目標が存在します。多くの目標がある中、それぞれの目標とそれに対応する現状に差がある場合は解決しなければなりません。目標と現状の差を無くすことが“問題の解決”です。

問題の解決は、広い意味での矛盾の解決と言ってもいいと思います。矛盾という言葉は、上述のとおり論理の原則であり、韓非子の矛と盾の話のとおり、言っているつじつまが合わないことです。ただ、問題の構造、すなわち、本来あるべき状態はこうである、ところが現状は違っている、これは言葉の表現上つじつまが合わないと言ってもよい状態だと思うのです。ここで用いる矛盾の概念は、数学の論証のために定義された矛盾ではなく、言葉の表現のつじつまが合わないので理解できないといった、少々広い意味となっています。

さて、問題の解決は、問題分析と対策立案に大きく分かれます(佐藤允一「問題の構造学」19頁)。問題分析とは、目標と現状の差を確認し、そのギャップが生じた原因を分析することです。対策立案とは、問題を解決するためのいくつかの案を考え、評価し、最適な案を選択して実践する意思決定を行うことです。

問題の解決でも基本となるのは、矛盾の解決で論じた推論です。問題の分析では、問題の原因を探り、原因を確定させるため、既存の知識を前提に推論により行います。対策立案でも、実行すべき対策を前提に結果を推論するのです。

 

4.演繹推理と根本原理

さて、私たちが前提から結論を導く方法、推論を行う場合、その方式は大きく二つに分かれます。一つは前提となる言葉に結論が含まれている、100%論理的に確実な推理である演繹推理です。もう一つは、論理的には100%確実ではないが、確からしい推理である、蓋然的推理です。個々の命題から普遍的な命題を導くことを意味する帰納法は、後者の蓋然的推理に含まれます。

演繹とは何重にも巻いてある糸巻きから糸を引っ張り延ばすことで、前提の中に含まれているものを明るみにさらけ出すことを意味しています(山下正男「論理的に考えること」93頁)。

演繹推理はある意味言葉の解釈の問題なわけですから、矛盾を解決するには矛盾が生じる言葉の解釈を改める必要があります。すなわち、その言葉より根本に遡った言葉を見つけ、その新たな言葉を根拠に当該言葉に新たな意味を見出すわけです。演繹推理の場合、まずはこのようなより深い根本原理としての言葉の発見が重要となるわけです。

さて、ここでより根本の原理に遡るときに個々の主体、すなわち個々の拡がる自我の発想、態度に差が出てくるのです。拡がる自我が他者に投げかける拡がりの確証の論理は原則自由に設定できます(「拡がりの確証と組織文化の本質」参照)。その方向性の違いの一つが、今回の主題である分割の論理と創造の論理なのです。

より根本の原理とは、その人の信念、理念に基づくもので、拡がりの確証のための論理を導き出す理論です。これは断定的に立てられるもので、演繹の出発点となるものです。分割の論理のように全体に価値を置く立場から導き出す根本理論と、創造の論理のように個人の行為に価値を置く立場から導き出す根本理論は、やはり大きな差が出てくるはずです。もちろんこのどちらかが正しくどちらかが間違っていると言いたいわけではありません。良し悪しは結果から判断されるべきでしょうし、個々の具体的問題によっても異なってくるでしょう。ここで強調したいのは、演繹的な推論の場合、実質的には、常にこの根本の原理の選択がなされているということなのです。

ここで注目すべきなのは、社会と組織における問題解決でのパラダイムという概念です。パラダイムは当該組織や社会の基本的な考え方の枠組みを意味します。以前申し上げたとおり、拡がる自我は、拡がりの確証のための論理を常に探しており、ある目的社会に参加することは、その目的社会の論理を受容し、自分の拡がりの確証の論理にすることを意味しています。このそれぞれの拡がる自我が受け入れ、自分の拡がりの確証の論理として受け入れた、皆が共有する基本的な考えの枠組み、これがその組織のパラダイムであり、これこそが独自の組織文化をもたらすのです。

組織のパラダイムは、演繹推理の根本理論となり得るものであり、具体的な判断に大きな影響を及ぼします。ここに見いだされる特徴を表現する両極の概念が、今回のテーマである創造の論理と分割の論理なのだと私は考えているのです。

 

5.分割の論理と創造の論理のそれぞれの性格

分割の論理は、先ほど申し上げたとおり、全体を出発点とするもので、全体の中の地位に重きを置くものです。出発点が、全体に価値を置くことなので全体の論理といってもよいかもしれませんが、個々の拡がる自我にとっては全体の中の地位、すなわち全体に占める自分の立場を論理の根拠とし、全体の価値を分割することになるので分割の論理と呼んだわけです。拡がる自我の拡がりの確証は、あくまでも個々の拡がる自我のものです。全体をバックにしたその人の優越的地位、言い換えれば、他者に注目される立場を基に拡がりの確証の論理を設定しているのです。

これに対し、創造の論理は、こちらも先ほど申し上げましたが、行為の出発点の価値はゼロであり、行為そのものに価値を置く論理です。その行為が何を産み出したかに価値基準を置くのです。

先ほども申し上げたとおり、分割の論理と創造の論理は、論理的思考に必要な根本原理やパラダイムと言われるものの性格を表現するものです。根本原理の性格をこの二つの極から認識しようとするものです。このため、分割の論理と創造の論理は対で考えるとわかりやすいと思います。

例えば営業の場面、売り手と買い手で考えてみましょう。売り手はゼロからの出発で、まず商品を創造し、買い手を説得し納得させ商品を売ります。買い手は、売り手に対し、自分の財産を分割して代金として支払うわけです。端的に言うと、売り手は説得の論理であり、買い手は納得の論理です。ここでは、売り手は創造の論理を設定し、買い手は自分の有する価値全体の配分、すなわち分割の論理を設定していると考えることができます。

この事例の場合、買い手はその優越的地位に基づいて売り手に様々な注文を付けることができるでしょう。経済学や民法の考え方であれば、お互い平等な主体の意思の合致と表現されるでしょうが、これらの表現はあくまでも理想形としてのモデルの論理であり、それはそれで正しいのですが、現実は異なる場合が多いと私は思います。新規営業の場合、通常は、買い手は売り手よりもより大きな選択の自由があるため優位な地位にあります。他の売り手を選択することもできるわけです。優越的地位にあるものは、劣位にある相手に対し大きな影響力を行使でき、それは他者に対するより強い拡がりの確証を得ることを意味しているのです。

この優越的地位をさらに恒久化したのが、身分制度です。身分とは優劣ある社会秩序の中での一定の地位を意味します。人は高貴な身分に皆憧れます。そしてその地位を目指します。ここに争いが生じ、争いを避けるため身分を固定化し、人の周流がなくなったのが身分制度です。身分には価値の高低があり、それが固定化されると全体の価値をそれぞれの身分が分割する、分割の論理の典型としての身分制度が完成するのです。

これに対し、創造の論理はゼロから出発するので、そもそも最初は価値自体存在しません。新たに価値を創造するのが創造の論理です。もともと価値が無いので、分割の論理のような優越的地位もあり得ません。したがって、拡がりの確証の論理も、全く新たに設定しなければなりません。ここが重要なのです。拡がる自我は、自分の拡がりの確証の論理を他者に主張し、説得して意味を共有しなければならないのです。価値の創造、これが創造の論理の中核です。

価値の創造でまず考えられるのが生産活動でしょう。衣食住に必要なものを作るのはもとより、他者の注目を得る有形物を作ることは、実は、拡がりの確証の論理を他者に投げかけることだと言い得るのです。有用なものを生み出す生産行為、これこそ他者に注目される創造の論理の原点なのです。拡がる自我は生産物を根拠に他者に論理を投げかけ、意味を共有し、拡がりの確証を得るのです。

もちろん創造の論理は有形物に限りません。観念的な人を説得する論理も創造の論理たり得ます。新しい制度を考える、新しい会社の方針を作成する、これらはある意味言葉だけの成果物です。この成果物の中に、創造の論理を読み取ることができる場合も当然のことながら多数あるわけです。

なお、分割の論理が非生産的であるとは一概には言えません。なぜなら、生産性は個人のやる気に基づく要素が強く、分割の論理もやる気を引き起こす要素は十分持っているからです。例えば、歴史的には日本の富国強兵やドイツの全体主義とか、国家が主導して産業を発展させた例はいくらでもあります。分割の論理は全体に価値を置くので、誰もが一気に各自の拡がりの確証の論理を設定できてしまうので、一気に生産性を挙げることができるのではないかと私は思います。全体の価値が明確であれば個々の拡がる自我は即座に自分の拡がりの確証の論理、個人レベルでの創造の論理を打ち立てることができるのです。

日本の戦後の高度成長時代の会社主義も、会社自体に大きな価値を置くもので、分割の論理に基づいて個々の拡がる自我が創造の論理を積極的に設定した結果、生産力も高まったのではないかと私は理解しています。

ただ、国家の全体主義に関して言えば、全体の価値を分割する、その競争や争いが激しくなると、上に述べた固定的な身分制度が生じたり、さらには戦闘になったりして活力は衰えていくのが歴史的事実かもしれません。

 

6.組織を維持するための分割の論理

以前私は、組織が人の集団である以上、争いを避けるための論理、組織を団結させるための論理も必要であると論じました(「論理の本質」)。すなわち、経営判断に必要な事実認識のための厳格な論理だけではなく、組織を維持するために、曖昧な言葉を活かすことの必要性を提案したのです。

このように考えていく場合、曖昧な言葉という表現はあまりよくないかもしれません。拡がる自我が拡がりの確証の論理を投げかける、その論理を吸収するような「象徴としての言葉」とした方がよいかもしれません。以前「管理と支配の間にあるもの」で論じましたが、人間が拡がる存在、すなわち拡がる自我が拡がりの確証を求めようとする以上、他者との競争や闘争は不可避なのです。象徴としての言葉は、共通の拡がりの確証の論理を構築することにより、争いを防ぐ機能があるのです。

人間の社会は全体社会と目的社会に区分され、人間は歴史上次から次へと目的社会を作り上げてきました(「拡がりの確証と組織文化の本質」)。個々の人間、言い換えれば拡がる自我は、拡がりの確証の論理を、この目的社会の論理に合致させることにより拡がりを確証してきたと言えるのです。これすなわち、自己が所属する社会全体に大きな価値を置く分割の論理に通ずるものだと言えるでしょう。組織を維持する論理がまさにこれです。

したがって、組織を維持する論理の言葉は、個々の拡がる自我の拡がりの確証の論理を吸収し得る抽象度の高いものでなければならないことになります。抽象度の高い言葉とは、演繹推理において様々な論理を導き出すことができるものなのです。個々の拡がりの確証の論理の根拠となる言葉が必要なのです。

国家、民主主義、平和主義等、多くの政治的な言葉はこの抽象度が高い言葉だと考えられます。個々の拡がる自我の拡がりの確証の論理を吸収する全体の象徴を求め、そして全体に価値を置きその中に自分の地位を見出すことにより拡がりの確証を得る、これが目的社会を構成する、個々の拡がる自我です。

企業等の営利組織も同様です。組織をまとめる象徴としての言葉、例えば経営理念に個々の社員、すなわち個々の拡がる自我が拡がりの確証の論理を合致させ、会社の成長の論理と拡がりの確証の論理を同一視できることが理想の状態です。

このように、組織を維持するための論理としてまず考えられるのは、分割の論理に分類される論理なのです。組織全体にまず価値を置き、その中で自分の地位がどこにあるか、自分の価値が全体のどこにあるかで拡がりの確証の論理を形作るのです。

ところで、分割の論理、すなわち全体に価値を置き、それを根拠に個々の拡がりの確証の論理を構築する場合、重大な問題が必然的に生じます。それは全体の価値を個々の拡がる自我にどのように配分するかということです。全体の価値を誰もが平等に自分のものと思い込んでいればこの問題は生じないでしょう。しかし人の集合体である組織は必ず地位に対する価値の配分に差が出ます。組織を統率する指揮命令系統が必要とされる以上当然です。卑近な例で言えば会社内の課長とか部長とかの役職としての地位が代表的なものでしょう。誰もが高い地位を目指すので、より高い地位に就いたものはより大きな拡がりの確証を得ることができるのです。

このように全体に大きな価値を置き、序列化させると必然的に争いが生じます。拡がる自我が他者に拡がりの確証を求める以上、どうしても争いが生じてしまうことは、「管理と支配の間にあるもの」で論じたとおりです。これは人間の能力差の存在といった倫理の本質論にかかわるものですが、価値には尺度があり、個人個人の格差を認容している面があるからです。

そして、分割の論理はこの価値の配分を行う権威を必ず生み出します。価値の配分をめぐる人と人との争いを納めるにはそれを超越した権威権力が必要なのです。そこでその権威を担う地位に就く人間が典型的な分割の論理を行使することになるのです。したがってますます大きな権威を担う人間が出現し、ますます地位の不平等が広がってしまうのです。

 

7.組織の中での創造の論理

組織の全体に価値を置くことは、個々の拡がる自我に対し、分割の論理だけではなく創造の論理も与えることになります。組織の成長の論理と個々の主体の拡がりの確証の論理が同一視できることは、組織と自己を同一視することを意味します。組織自体、組織全体を一つの主体として創造の論理を設定することが可能になるわけです。法的に考えれば法人のような実在としての団体が主体となり、それが拡がる主体として、拡がりの確証のための論理を外部の他者に投げかけて他者と意味を共有し、団体の拡がりの確証を構成員である個々の拡がる自我が実感することです。目的社会の組織の拡大はまさにこのことを意味しているのです。

これは、人間の協働の最も理想的な形であるとも言えるでしょう。個人と団体の同一視が実現されているのです。個々の拡がる自我の拡がりの確証の論理が、全体の団体の拡がりの確証の論理と有機的に一体となり、自己の行為がまさに創造の論理を実現していると実感できるからです。しかし、現実には、上述の、分割の論理で申し上げたとおり、価値の分配をめぐる争いが生じるので、この理想形は永遠に続くわけではありません。5の最後に論じた全体主義国家のとおり、歴史的に見ても全体主義は長く続かないのです。

さて、組織における創造の論理は、構成員である個々の拡がる自我の行為それ自体にも、当然のことながら認めることができます。組織といっても個々の人間の活動の集合体であり、個々の拡がる自我の拡がりの確証を目指す行為の集合が組織であると考えることができるのです。

個々の拡がる自我の行為に着目する場合、創造の論理が価値の創造をその本質とする以上、基本となるのは生産行為です。これは生産物、すなわち行為の結果を重視することを意味しています。しかし分業で生産活動を行う以上、個々の行為が生産の結果に直結すると全ての者が認識することは不可能です。この場合、上述のとおり、個々の拡がる自我と組織全体を同一視せざるを得ず、どうしても分割の論理が入り込んでくるのです。

そこで重要となってくるのが、組織における問題の解決です。個々の拡がる自我にとっての問題解決が、創造の論理として最も重要になるのではないでしょうか。先に述べたとおり、問題の解決は拡がりの確証の論理の設定として、他者の注目を浴びる典型です。問題とは目標と現状の差であり、解決が必要とされているものです。問題は組織の中のその拡がる自我の地位、立場によってさまざまなものが出てきます。

現状を目標に合致させることはまさに創造することです。行為に価値があるのです。問題を解決する個人は多くの人に評価され、大きな拡がりの確証を得ることができます。問題がその組織の中の地位に応じて様々なものが考えられる以上、どの拡がる自我にとっても、問題解決により拡がりの確証を得るチャンスがあるのです。

 

8.分割の論理と創造の論理の調和

以上組織における分割の論理と創造の論理を検討してまいりました。両者とも組織には必要な原理であり、組織の構成員が論理的思考をする際に必要とする根本理論を、その両極の性質から分類したものにすぎません。重要なことはこの二つの論理を、実際の組織の運営においてどのように活かすか、どのように調和を図っていくかでしょう。

言うまでもなく、価値を直接作り出すのは創造の論理です。営利企業にとっては、個々の拡がる自我が創造の論理を設定し、他者に対する拡がりの確証を得ることが、生産を高めることであり、この創造の論理をいかに効率的に導くかが、最重要課題となるでしょう。

その一方企業の組織を維持するには分割の論理が不可欠であり、個々の社員の創造の論理を阻害せずにうまく企業をまとめる分割の論理の設定も重要課題でしょう。

企業の経営にとっては、この二つの論理の調和を図ることが極めて重要なのですが、今回この論文で明らかになったことの一つに、7の最後に論じた組織における問題の解決の重要性があります。問題解決は、組織を構成する個々の拡がる自我が創造の論理を設定することであり、拡がりの確証を実現するものだからです。目標の設定は、組織全体の価値を重視する分割の論理を取り入れることでもあり、それと現状の差を認識し、創造の論理を形作ることは、まさに両者の調和を図ることだと言えるのです。

この点については、二つの論理の調和を導く他の方法も含め、再度改めて論じたいと思います。

 

参考文献

近藤洋逸・好並英司「論理学概論」岩波書店

水田洋「近代人の形成」東京大学出版会

廣松渉「資本論の哲学」現代評論社

アリストテレス(出隆訳)「形而上学」(全集12)

アリストテレス(村治義就訳)「トピカ」(全集2)岩波書店

時枝誠記「国語学原論」岩波書店

加護野忠男「組織認識論」千倉書房

佐藤允一「問題の構造学」ダイヤモンド社

C.H.ケプナー、B.B.トリゴー(上野一郎訳)「管理者の判断力」産業能率大学出版部

山下正男「論理的に考えること」岩波書店

バーバラ・ミント(山崎康司訳)「考える技術・書く技術」ダイヤモンド社

C.I.バーナード(山本安次郎他訳)「新訳 経営者の役割」ダイヤモンド社

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